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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)5283号 判決

原告 劇団前進座

被告 東京都 外二名

一、主  文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「被告田中栄一、同寺本亀義は別紙第一<省略>の謝罪状を別紙(第二)省略の様式により作製して原告に交付せよ。

被告等は、連帯して、原告に対して金一万千百八十円の支払をなせ。訴訟費用は全部被告等の負担とする。」旨の判決を求め、請求の原因として、次の通りのべた。

(一)  原告は演劇を目的とする権利能力のない社団で、前進座住宅株式会社から原告肩書地所在本館事務所一棟及び住宅八棟を賃借占有しているもの、被告東京都は地方自治団体、被告田中栄一は右東京都特別区自治体警察たる警視庁の警視総監、被告寺本亀義は同警視庁警視で、特捜第二係長である。

(二)  被告東京都は昭和二十六年五月十二日午前五時、警視総監被告田中の責任において、被告寺本を総指揮者として、制服、私服の警官約一千名を動員して、原告の占有する前記建物を包囲し、徳田球一に対する団体等規正令違反被疑事件捜索の為家宅捜索を実施した。

(三)  ところで、家宅捜索は、現行犯として逮捕される場合を除けば、正当な理由に基づいて発せられ、且つ捜索場所及び押収物を明示する令状によるべきであつて、(憲法第三十五条、第三十三条)、その令状には、被疑者若しくは被告人氏名、罪名、押収差押えるべき物、捜索すべき場所、身体若しくは物又は検査すべき身体及び身体の検査に関する条件、有効期間及びその期間経過後は差押、捜索又は検証に著手することができず、令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官がこれに記名押印しなければならない(刑事訴訟法第二一九条)のである。

(四)  しかるに、被告等は、公民大衆の基本的人権を尊重しつつ鋭意犯罪の捜査、摘発に専心する職責を有するに拘わらず、日本共産党八幹部の団体等規正令違反容疑事件につき莫大な捜査予算を費しながら、何等の成果を挙げ得ないところから、無能無力の非難に恥じて焦慮するの余り、みだりに無根の情報を盲信し、適法な家宅捜索令状の発付を受けることなく家宅捜索を断行したものである。すなわち、本件捜索の二日後たる昭和二十六年五月十四日に至りはじめて東京簡易裁判所判事に対し本件令状の発付が請求されていて、捜索当日迄に令状の発付された事実がないのである。

(五)  仮に、捜索前に令状が発付されていたとしても、(イ)本件令状には、これを発付した裁判官の氏名と発付年月日が明らかでないし、又(ロ)憲法、刑事訴訟法の人権尊重の精神から考えて、捜索令状には捜索場所の居住者、占有者をも明示すべきものと解すべきであるが、本件令状にはこれが明示してないから、不適式であつて無効たるを免れない。

従つて、被告田中及び被告寺本は、その職責上これを点検調査すれば直ちに本件令状が無効なものであることを発見し得たであろうにも拘わらず、右注意を怠り、漫然これを看過し前記のような無効の令状に基いて違法な捜索を執行したものである。

(六)  仮に、令状が合法、適式なものであつたとしても、被告田中及び被告寺本は、本件捜索の指揮者として捜索を受ける者の人権を尊重して捜索を実施するよう配慮する義務あるに拘わらずこれを怠り、部下をして、原告の賃借建物及びその所有の生フイルムに別紙第三<省略>損害計算書中損害壊の態様欄記載のような被害を与えた外、右建物に土足で侵入し、不要の個所まで捜索する等、人権を蹂躙する違法な捜索をなさしめたものである。

(七)  又、被告田中及び被告寺本は共謀の上、その職権を濫用し、その部下たる訴外末松実雄に命じ、被疑者徳田球一に対する団体等規正令違反被疑事件の「犯罪の捜査をするについて必要」がないことを知りながら、不法にも、敢て東京簡易裁判官に対して捜索令状を請求せしめ、同裁判所裁判官河原仁、同辻敬助両名を欺罔して本件令状の発付をうけた上で、被告寺本はみずから総指揮者として本件捜索を実施したものである。即ち、昭和二十五年七月十五日吉田政府は連合軍総司令官マツカーサーの意を体し、最高検察庁に対し徳田球一外八名の日本共産党幹部を団体等規正令第十三条違反者として告発し、これを受理した検察庁は直ちに裁判官に対して、逮捕状の発付を請求してその発付を受け、全国の国家地方警察及び自治体警察当局は一齊に捜索を開始したのである。しかして、東京警視庁は、これがため特別の捜査陣を新設し、その係員は莫大な費用を費消してその捜査に専心するに至つた。この特別捜査陣は、爾来、尾行、職務質問、逮捕、捜索差押等に無数の人権蹂躙を重ね、被疑者等の逮捕に狂奔したが、何等の成果を得なかつた。ところで団体等規正令違反被疑事件は日本共産党の諸活動を内偵し、妨害し、さらに将来これを全面的に非合法化し、その活動を封殺するに恰好の口実とされ、そのため令状なしの逮捕、押収、捜索がなされた。その外、右被疑事件とは全く無関係な場所の捜索差押につき、裁判官の令状を請求して、これを得、不法な捜索差押が都内各所において瀕々として敢行された。本件捜索もまさに、その具体的な一例である。劇団前進座の座員が集団的に日本共産党に入党し、日本文化を守り、平和と独立と民主主義のために、演芸の面を通じて活躍して来たことを知つている前記特別捜査陣は、何等かの口実を設けて原告の活動を妨害しようとしていたが、ついに本件捜索の挙に出たもので、被告等は原告前進座が徳田球一に対する団体等規正令違反被疑事件なるものとは全く関係のないことを十二分に知悉していたものである。

(八)  以上の次第であつて、前記三、の損害は、東京都特別区自治体警察東京警視庁の警視総監たる被告田中及び同庁の特捜第二係長たる被告寺本が前記被疑事件の捜査の職務執行上の不法行為によつて原告の所有権及び占有権を侵害してこれを発生せしめたものであるから、右被告等は民法第七〇九条により原告に対してこれが賠償の責を免れない。更に、原告は前記被疑事件と何等関係がないにも拘わらず、被告田中及び同寺本が多数の警官を動員して前記のように違法な家宅捜索を実施させた為恰も原告が右事件に関連あるかのような印象を世人に与え、原告は著しくその信用を毀損された。よつて、原告は信用を回復する為同被告等に対して、別紙第一の謝罪状を別紙第二様式により作成交付することを求める。仮に、被告田中は民法第七〇九条による責任がないとしても、被告寺本の所属長として同人を指揮監督する地位にあつたものであるから、民法第七百十五条により直接原告に対し、不法行為上の責任を免れない。

又被告東京都は国家賠償法第一条第一項により原告に対し右損害を賠償する義務がある。而も前記損害は公権力を発動するについて被告等がした共同不法行為により生じたものに外ならないから、原告は被告等三名に対し連帯して、金一万千百八十円の支払を求める。<立証省略>

被告東京都指定代理人等及び被告田中及び寺本等訴訟代理人等は、主文第一項同旨の判決を求め、

答弁として、原告主張の(一)の事実中、原告が前進座住宅株式会社から原告主張の建物を賃借していることは不知、その余の事実はこれを認める。

(二)(三)は認める。(四)(五)は否認する。(六)の中捜索の実施に当つて金庫室扉及び二階倉庫をこじ開けたことに伴う若干の損壊、門扉かんぬきを差し込む金具を扉に固定させる釘を脱落させたこと及び生フイルムを感光せしめた点は認めるが、その損害額及びその他の原告主張の損害は不知、(七)は否認する。被告寺本は、昭和二十六年五月十一日被告寺本が司法警察員警部末松実雄作成名義の原告前進座及びその構内附属建物並びに宿舎に対する捜索差押許可請求書を東京簡易裁判所裁判官室において裁判官辻敬助、同河原仁、に提出し、同日同裁判官等から令状十五通の発付を受け、これに基いて本件捜索をしたものであつて何等不当なものではない。

又その執行方法についても何等の非難せらるべき点は存しない。すなわち、本件捜索に当り、警察官は、立会人に令状を示し、その事由を告げ、立会を求め、捜索に必要な協力を求めたのであるが立会人、居住者の多くは、何等の応答もせず、名も告げず、警察官の求めに応じて部屋を開けようともしなかつたので、警察官はやむをえず前記のような行為に及んだものであり、これが為原告が若干の損害を蒙つたとしても、それは刑事訴訟法第二二二条第一一一条による違法行為であつたのである。詳しく述べると次の通りである。(イ)金庫室扉をこじ開けた事情。警部補安蔵千広が前進座本館玄関において言葉をかけたところ、年齢二十四、五歳位の男が出て来たので、令状を示し、捜索する旨告げ、その立会を求めたが、その青年は終始沈黙を守つてこれに応じなかつた。階段下の倉庫として入口の扉には施錠してあつて捜索することができなかつたので已むを得ずこじ開けたものである。(ロ)二階倉庫をこじ開けた事情。本館二階事務所に鍵のかかつた倉庫らしい場所があつたので、警部補岩間武夫が立会人に対して鍵を以てこれを開けるよう話したが、立会人はそつぽを向いて何等これに応ずる様子がないのでやむを得ず錠を破壊して開披し捜索を実施したものである。(ハ)門扉のかんぬき用の金具を扉に固定する釘を脱落させた事情。警部日下部茂雄が原告前進座の東側道路に面する門の木戸の前に立つて案内を乞い、トントンと叩いたが応答がないので一寸押したところ簡単に開いたもので、殊更に破壊したものではない。(ニ)フイルムを感光させた事情。宮下明巡査が部屋に入つてゆくと、三人の男が寝ていたので捜索に立会うよう求めたところ、「勝手にやれ」と言放つたまゝ蒲団にくるまつて起きそうもなかつた。部屋を捜索中、新聞紙の中に包んだものを開いたら、生フイルムだつたのである。その室には他にもフイルム入りの罐がテープに巻いて四、五本あつたが、これについてはその室に寝ていた男から、未だ現像をしていない旨告げられたのでその儘にした。最後に(ホ)今村方納戸の入口扉は、当時、外れかかつたように幅約五糎深さ約五糎位開いていたが、その状況は、腐朽して外れかかつた扉を、一枚の板切を打ちつけて簡単にとめただけであり、而も板切れの釘が抜けて扉が外れかかつていたもので、佐々木椿平、阿部寅雄両巡査はその戸を僅かに開いて内部を簡単に覗いただけで戸は始めから外れかかつていたものである。

原告は被告田中に対し民法第七百十五条に基ずく損害賠償を請求しているが、被告田中は、民法上の使用者又は監督者の責任を負うものではない。民法第七百十五条は、他人を使用して事業を営むものが、これによつて自己の活動範囲を拡張し、それだけ多くの利益を受けるものであるから、被用者がその事業の執行について他人に損害を加えたときに使用者をしてその責に任ぜしめるのは、衡平の観念に遅するという報償責任を規定したものであつて、公権力の行使に関して生ずることあるべき損害賠償責任を規定したものではないからである。公務員が職務上公権力を行使した場合については、私法上の行為と異り、民法上の不法行為の適用がなく、部下警察官のなした公権力の行使について、その長たる警視総監が使用者或は監督者として民法上の個人的責任を負うことはないのである。公務員が公権力の行使に際し不法行為により国民に損害を与えた場合は、国家賠償法により、国又は公共団体が賠償の責に任ずべきものである。と述べた。<立証省略>

三、理  由

まず、被告田中及び被告寺本に対する請求の当否につき考える。原告は被告東京都に対し国家賠償法第一条第一項に基ずき同被告の責任を追及すると共に、同被告の特別区自治体警察の司法警察官である被告田中及び同寺本が原告前進座に対してなされた本件家宅捜索を違法に執行した共同不法行為者であるとし、又被告田中は被告寺本の所属長で同人を指揮監督する地位にあることを理由に民法第七一五条に基ずきその責任をも追及しようとするものである。

然し、国家賠償法第一条第一項は、国又は公共団体の公権力を行使する公務員が、いやしくもその職務の執行と認むべき行為をなすについて故意又は過失により違法に他人に損害を加えた場合、被害者に対する損害の賠償に遺憾の点なからしめると共に、公務員自身が公権力の執行を受ける者から賠償請求等をされるであろうことを顧慮するの余り、公正な職務の執行すら遅疑逡巡し、公権力の行使に徹底を欠き円滑さを失うことのないようにとの考慮から、公務員はその職務を行うにつき故意又は過失あるとき、その被害者に損害の賠償をした国又は公共団体から求償されることはあつても、公務員自身直接被害者に損害賠償の責任を負うことなく、専ら、国又は公共団体だけが被害者に対する賠償責任を負うものとするとの趣旨を規定しているものと解すべきである。このことは、同法附則において、従来、公証人、戸籍吏、登記官吏、執行吏等の賠償責任を定めていた法条を削除したことからも窺いうるのである。従つて、被告田中及び寺本等個人は直接原告に対して不法行為に基ずく責任を負うことはないものであるから、原告の被告田中及び寺本に対する請求は、主張自体失当であるといわねばならない。

次に、被告東京都に対する原告の請求について考える。

原告がその肩書地所在の建物八棟を訴外前進座住宅株式会社より賃借占有していることは証人古座谷邁の証言によつて認めることができ、原告主張の(一)の中その余の点及び(二)、(三)はいずれも当事者間に争のないところである。

原告は、本件捜索が令状なくしてなされたものであると主張し、甲第三号証の一、二(令状発付簿)によると、本件令状は昭和二十六年五月十一日に請求されたように記載されてはいるが、記載順序が同年五月十四日請求の分を記載した後になつているので、本件令状は捜索を執行した二日後たる十四日にその発布を請求されて執行当時は令状がなかつたにも拘わらず、後日既に発付されていたように作為する為請求日を遡つて記載したものではないか、との疑念がないではない。けれども、令状請求の事実を令状発付簿に記載することは令状発付の要件ではなく、令状請求のあつた事実を公証するものでもない。唯、令状係が令状発付事務整理のために、請求発付された令状の請求日、事件名、発付部数、発付裁判官名等を記載するだけのものである。

特に、本件のように、令状発付の事実が事前に漏洩し捜査の妨害をひき起すおそれの多分にある被疑事件にあつてはこれを防ぎ捜査方法を秘匿する為、令状請求のあつた時に直ちに令状発付簿にその旨を記載しないで、令状を発布の上執行後にその記載をする必要のあることは察するに難くないところであるから、令状発付簿の記載が発付請求の日時の順になつていないとしてもこれを以て原告主張のように、本件捜索が令状なしで執行されたことの証拠となし難く他に右事実を認めるに足る証拠がない。

かえつて、成立に争ない甲第四号証の一ないし十四、乙第一号証第二号証の一、証人末松実雄、同安蔵千広の各証言を綜合すると、被告寺本が昭和二十六年五月十一日司法警察官警部末松実雄の作成した、原告前進座及びその構内附属建物並びに宿舎に対する捜索差押許可請求書を東京簡易裁判所裁判官辻敬助、同河原仁に提出し、同日右裁判官から令状十五通(甲第四号証の一ないし十四等)を得たものであること、右令状に基ずき本件捜索がなされ、その執行に当つては原告座内の居住者に示されたことが明かであるから、(四)の主張は失当たるを免れない。

次に、(五)の主張につき判断する。成立に争ない甲第四号証の一ないし十四(捜索差押許可令状、本件捜索がこの令状によつて行われたことは前認定のとおりである。)によると、明らかに発付裁判官の記名、押印があり、その発付年月日が記載されていて刑訴法第二一九条所定の要件に欠くるところはないから、原告のこの主張も理由がない。次に、原告は、捜索令状には、明文はないが憲法、刑訴法の人権尊重の精神から、捜索場所の居住者、占有者を記載しなければ不適式であると主張する。そもそも、憲法が捜索差押は原則として令状によるべきものであるとし(第三五条、第三三条)、刑訴法第二一九条がその令状の方式を定めた所以のものは、基本的人権を尊重し、国家権力の行使の範囲を適正な範囲に限定し、いやしくも強制力を伴う捜査が濫用にわたることを防ごうとするものであるから、捜索をなすべき場所の表示は、必要の最少範囲を明確に表示すべきである。然し、一方、捜査は犯人を発見し証拠を収集して刑罰法令の適正迅速な適用実現を図り、以て公共の福祉の維持増進に寄与することを目的とするものであるから、令状記載の方式を不当に厳格に解し、右の目的実現を妨げるようなことがあつてはならない。従つて、捜索令状の要件としての場所の表示は、合理的に解釈して、捜索すべき場所を客観的に特定し他と区別しうる程度に明かになれば足りるのであつて、この要件さえみたしておれば、場所の占有者、居住者の氏名の表示がなくても、場所の表示として欠くるところはないものというべきである。本件においては、前記甲第四号証の一ないし十四によると、捜索すべき場所として「武蔵野市吉祥寺二六二九、前進座及びその構内附属建物並びに宿舎」と表示されていて、この記載だけで捜索すべき場所を特定するに足り、これ以上建物の占有者、居住者の表示を必要としないから、この点に関する原告の(五)の主張も亦理由がない。

次に原告の(六)の主張につき判断する。

捜索状の執行について、錠を外し、封を開き、その他必要な処分をすることができることは、刑事訴訟法第二二二条、第一一一条の定めるところである。

然し、これらの処分をするに当つては、捜索を受ける者に最も損害の少ない方法を選ぶべきは当然であるが、これが為には捜索を受ける者において鍵を渡す等損害を回避するに足る協力をすることを必要とする場合が極めて多い。

然るに、このような協力が得られないときは、捜査機関は実力を以て捜索の目的を達するに必要な処分をするの外なく、これが為捜索を受ける者の権利を侵害することがあつても、その執行方法がその当時の事情に照し適切妥当であり、かつ必要やむを得ないものと判断される限り、この権利侵害は正当な権利行使と認められ、不法行為の成立要件たる違法性を欠き、その結果につき加害者は賠償の責任を負担することなくと、被害者は、犯罪捜査という公益のための犠牲として、その損害を甘受認容すべきものといわねばならない。

結局、捜索の認められる公益上の理由、権利行使の範囲、立会人の態度、被害を生ぜしめた原因及び方法、その被害程度等を彼是考察して正当な権利行使と権利濫用との限界を定めなければならない。

本件においては捜索中に、警察官が、前進座本部事務所の金庫室扉及び二階倉庫をこじあけ、表正面附近の門扉にかんぬきを固定させる為の金具を毀損し、構内住宅生フイルム百フイートを感光させる等のことをしたことは当事者間に争がなく、成立に争ない甲第一号証の一ないし三及び五と証人古座谷邁、同熊野隆二、同安蔵千広、同岩間武夫の各証言を綜合すると、原告前進座本部事務所衣装小道具部屋と大道具部屋扉がこじ開けられて錠が毀損されたことが認められるが、本件捜索時に構内宿舎の今村方納屋戸、構内宿舎の非常ベル及び原告前進座周辺の垣が全般に亘つて破壊されたことはこれを認めるに足る証拠は存しない。

先ず、錠の破壊戸のこじあけにつき、成立に争ない甲第一号証の一ないし五乙第二号証の一、証人熊野隆二、同安蔵千広、同岩間武夫の各証言を綜合すると、本件捜索の当時、原告前進座の準座員熊野隆二が本館事務所で宿直していて同事務所で安蔵警部補から捜索令状を示されたにも拘わらず、ことさらに眼をそむけてこれをみようとせず、立会を求められても応答しないまま、沈黙を守つていたので、警察官は熊野の立会なしに捜索を始めたこと、安蔵はその後熊野に対し金庫室扉に施錠されていたので、その鍵を持参するよう要求したにも拘わらず、一言も応答がなく、その他の施錠箇所についても、鍵を受け取ることが期待できない事情にあつたので、前記のように錠をこわし扉をこじあけるに至つたこと、破壊の程度は、大道具部屋の首廻り錠の片方のとめ釘が外され、二階倉庫の輪錠がはずされ、衣装部屋の首廻り錠の首がもがれ、小稽古横の倉庫の匡錠をこじあけた程度で衣装部屋の首廻り錠以外は再使用が可能で、これ等の錠のつけられていた扉も扉としての効用に支障がない程度であることが認められる。

このような事情の下において、警察官が右の処置をしたことは何等違法の点がなく、従つて、これを理由とする損害賠償の請求は数額の点につき判断する迄もなく失当である。

次に、門扉かんぬき用の金具の毀損の点については、成立に争ない甲第一号証の九によればその損傷程度はかんぬきをさしこむ為の金具を門扉に固定する釘二本が脱落しただけで、門扉には何等の損傷が認められず、釘を打ち直せば完全に旧態に復し得る程度であることが明かである。このように微細極まる損害を捉えてその賠償を請求するのはいわゆる「名義上の損害賠償」を認める法制の下においては格別、法律の保護に値する法益が侵害されたものとはなし難く、訴求の利益を欠くものというべく、故意又は過失の有無を判断する迄もなく失当といわねばならない。

次に、生フイルム感光の点につき、成立に争ない乙第二号証の二、証人宮下明の証言によると、警察官宮下明外二名の巡査が原告前進座構内住宅の中一棟の捜索をした際、その住宅の八畳の間に行くと坂爪等三名が就寝していたので捜索の立会を求めたが同人等は就寝したままで立会を拒否し「勝手にしやがれ」と言つたので室内の捜索を始め、その中宮下巡査が押入の中にあつた黒い紙で包みその上を新聞紙で包んだ物件を開けようとしたところ、フイルムであることを告げられたが、宮下巡査はフイルムに関する知識がなく、その儘開いてしまつたことを認めることができる。右認定に反する証人坂爪栄雄、古座谷邁の各証言は措信できない。

室内に、開披により損害の回復困難な物件があるときに、捜索の部屋に居合わせた者が捜索者に適切な警告を与え被害の回避をはかることは、捜索の執行を適正にし、且つ、みずからの権益を護る所以であるのに、かかる挙に出ず、臥床した儘で立会に応ぜず、「生フイルムがあり開披して感光させると使用不能になる」等適切な警告を与えなかつたために、前記の如き被害を生ぜしめたものというべく、警察官の所為は正当な権利行使として違法性を阻却し、右の被害は原告において受忍すべきものである。

原告の(七)の主張は、昭和二十八年十二月四日口頭弁論期日に始めて提出されたのであるが、本件は、第一回口頭弁論期日に準備手続に附され、以後八回の準備手続期日を経て、昭和二十七年六月二十六日終結したもので、その後数次の口頭弁論期日に証拠調を行い昭和二十八年十二月四日の口頭弁論期日に終結に熟していたものである。

かかる経過に徴すれば、原告は全く故意又は重大な過失によつて時期に遅れて右の攻撃方法を提出したものと認めるの外なく、右主張については新たな証拠調を必要とするから、訴訟の完結を遅延せしむべきものというべく、民事訴訟法第一三九条により、職権によりこれを却下する。

以上のとおりであるから、原告の被告東京都に対する請求は失当である。

よつて、原告の本訴請求はすべて失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 岡部行男 花淵精一 加藤一芳)

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